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ガヴォット第14番ロ短調第2楽章"鬱の途中"

ロ短調で語る60年史, 1954~2014

燃えよドラゴンズ(坂東英二) 1974年

 

1974年は中日ドラゴンズが巨人のv10を阻止して

20年ぶりにリーグ優勝をした年

坂東英二声が毎日街中に流れていました。

 

中日の最初の優勝は1954年ですから生まれた年

とうぜん記憶はありません

この年はちょうど20歳ということになります。

 

優勝パレードに続いて日本シリーズ

第1戦を外野スタンドで見ていました。

中日の先発は20勝した松本

ロッテの先発はたぶん金田

両者ともそこそこに打たれて同点で延長戦

走者を置いて高木守道が外野へライナー性のフライを打ち上げた

これをロッテの外野手が落球 劇的なサヨナラ勝ち

 

第2戦は稲葉が先発して好投

このまま日本一に向かって・・・ とはいかなかった

別に打たれたわけでもないのに

星野仙一がゆっくりとマウンドに向かう

そしてお約束?の大炎上 で逆転負け

結局日本一にはなれず

 

1982年にも平野の打球が審判に当たり

ここから流れが変わり日本一になれず

 

1988年  1999年  2004年  2006年

リーグ優勝はしてもなかなか届かない日本一

 

日本一になったのはなんと2007年 53歳になってました。 

 

燃えよドラゴンズ (板東英二) ロ短調

at 2001 08/21 13:09 編集

昭和49年(1974年)に2度目の優勝をしたときに板東英二が歌ったもの
その後いろんな人が歌ったがこの元祖を上回るものは出なかった
このときのエースは星野仙一 4番打者はマーチンだった

♪遠い夜空にこだまする
 竜の叫びを耳にして
 中日球場つめかけた
 僕らをジーンとしびれさす

まだ 中日球場 だった
このあと 中日球場 は ナゴヤ球場となり
82年 88年 にも優勝する
このナゴヤ球場で 97年に 愛の種 5万枚完売イベント があった
ドラゴンズの本拠は97年からナゴヤドームに移り(99年優勝)
空調の効いた快適な空間で観戦できるようになったが
暑い夜空の下で応援をしていた中日球場の時代が懐かしく思える

せめて甲子園の高校野球くらいは いつまでも青空の下でやってほしい